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プライベートバンクに合う人、合わない人

 

 プライベートバンクは、中世以来の共和国で永世中立国である「スイス」という特殊な環境のなかで独自の進化を遂げた金融形態です。一方、日本の銀行業も、欧米とは異なる歴史のなかで発展してきました。経済のグローバル化が進んだとはいえ、それぞれの背負っている歴史と文化は根強く残っています。

 スイスのプライベートバンクには、かつて傭兵供出国であったという伝統から「見ず知らずの外国人のために誠実であれ」という倫理観があります。これに対して、日本の伝統的な価値観は「お家大事」でしょう。そのような基本的な哲学の違いから始まって、スイスのプライベートバンクと日本の金融業界ではさまざまな違いがあります。結果的に、日本風の思考に慣れきっている人にとって、スイスのプライベートバンクのスタイルは「合わない」と感じられる可能性もあります。

 それでは、日本人のどのような考え方が、スイスのプライベートバンクのスタイルと「合わない」のでしょうか。いくつか例を挙げて考えみます。

 

1. 日本人の「短期指向」「堪え性がないこと」

 スイスのプライベートバンクは、一般に保守的で低リスク指向ですが、それでも多少のリスクはとると考えたほうがいいでしょう。金融の世界で「無リスク」とは「価格が上下に振れない」ということですので、インフレによる実質価値の劣化を放置しておくことを意味するからです。

 ただし、多少ともリスクをとれば、一時的に価格が下がることはあります。しかし長期で保有すれば、やがてまた上がります。「上下に振れる」というのがリスクの本質だからです。ところが、ちょっと下がったところで解約し、損失を確定してしまった場合、リスクのプラスの恩恵にあずかることは不可能です。

 リーマン・ショック後の米国株式市場の下落は世界経済に大きなインパクトを与えるほどでしたが、すでにダウ平均株価は史上最高値を更新しています。そのくらいは気長に待つべきだ、ということです。

 もっとも、日本人の「短期指向」も理由がないわけではありません。

 日経平均株価は、バブル崩壊から20年たっても史上最高値の半分にもなりません。これでは「気長に待つ」の限界を超えています。だからこそ、巷には「短期売買で儲ける」類の本があふれているのでしょう。

けれども、日本経済の長期低迷は、世界的に見てもまれな政府・日銀の失策によるものであるというのが経済学界の定説になりつつあります。したがって、日本を基準に考えるべきではないのです。

 以上のことから、市場の動向に対して冷静でいられる人なら、プライベートバンクとの取引で長期的に資産を増やすことができるでしょう。

 

2. 日本人の「大きいことは良いことだ」という価値観

 スイスのプライベートバンクは、大手でも行員が数百名程度ですから、その意味では大きな金融機関ではありません(扱っている資金量からするとまた別です)。銀行の事務所も地味で、目立たないところにあるのが普通です。プライベートバンクの「プライベート」とは「非公開」という意味ですから、人目につくことをむしろ嫌います。

 実際に事務所を訪れると、「小ぎれいで、趣味がいい」とは言えるかも知れませんが、きらびやかな所ではないでしょう。「お金持ちのための銀行だから、絢爛豪華かな」と期待されると、当てが外れるかも知れません。

 日本では「大きいから大丈夫」と考えられがちですが、スイスではそうではありません。巨大な投資銀行と化したUBSは、金融危機の際に公的資金の注入を受ける事態となりました。一方、中小のプライベートバンクの経営は健全でした。スイス金融界の立ち直りは早く、政府はUBSを救済したおかげで儲かったそうですが、金融危機下のスイスを支えたのは中小のプライベートバンクであったのです。

 ところが、日本で「プライベートバンク」「プライベートバンキング」と銘打っている業者には、日本人の嗜好に合わせてかどうかわかりませんが、やたらに派手な宣伝をしたり、豪華なパンフレットを作ったりするところがあります。そのようなスタイルは、本来のスイスのプライベートバンクと相容れないだけでなく、その費用は結局、高額の手数料となって資産の運用効率を減じてしまいます。

 

3. 日本人の「疑い深さ」と「騙されやすさ」

 「日本人は騙されやすい」とは、よく言われていることです。けれども、日本人って案外、疑い深くて、あまり人を信用しないという気がしませんか。

 簡単に言うと、日本人は、「ウチとソト」の観念が強いために、「知らない人の言うことは容易に信じないが、いったん心を許すと何でも信じてしまう」ということではないでしょうか。

 つまり、話の内容を細かく吟味するというよりは、話している人が仲間かどうかに関心があるわけです。「知らない人は疑い、仲間は信用する」ということです。

 そうなると、ビジネスの世界でも繰り返し宣伝して認知度を高めたり、営業マンを何度も訪問させたりして「友だち」のように錯覚させることができたら、話が通りやすいことになります。あるいは「著書」なるものを出版して、その道の権威のように見せかければ、それだけで信頼度がぐっと高まったりするのです。

けれども、本当に大事なのは、相手が仲間かどうかではなくて、話に筋が通っているか、契約内容はどうか、そして相手が契約に対して誠意があるかどうかなのです。

スイスのプライベートバンクの倫理は「見ず知らずの外国人に対して誠実であれ」ということです。「仲間だから」ではありません。仲間だけを相手にしていたら、今日のスイスの繁栄はなかったでしょう。

「見ず知らずの外国人に対して誠実であれ」。これは美辞麗句ではありません。モラルです。これに共感できる人なら、スイスのプライベートバンクとの取引は心地よいものになるはずです。

 

4. 「日本円にこだわる」

 巷には「円暴落」「日本国債暴落」と銘打った書籍があふれています。

 実際にどの程度の円安になれば「円暴落」と言えるのかはわかりません。けれども、いかに円が暴落しようと、日本円でもっている限り、1億円は1億円のまま変わりません。これを「ノーリスク」と言います。

 ただ、「1億円」の額面は変わらないけれど、その実質価値、つまり購買力は変わります。経済が順調に推移し、毎年2パーセントのインフレになるだけで、10年ほどで物価は20パーセント以上も上がります。つまり、1億円の購買力は20パーセント以上も減価してしまうのです。

 これを避けるためには、物価上昇率以上の利回りで運用するしかありません。けれども、仮に2パーセントのインフレになったとして、日本で、それを上回る預金利率が期待できるでしょうか。おそらく、難しいと思います。

 物価上昇率以上の平均利回りを実現するには、最低限、「為替リスク」をとって外貨で運用する必要があるでしょう。

 また、スイスのプライベートバンクは、いかに資金の運用効率に優れているといっても、日本円は日本のローカルな通貨です。ですから日本円を調達するのは、日本にある銀行が有利に決まっています。したがって、日本円で預金される場合は、日本の銀行のほうが(たかが知れているといっても)利率が高くなって当然なのです。

万一、そうならないとしたら、日本の銀行がよほどどうかしていると言わざるを得ないでしょう。

 

 以上のことから、「長期指向で短期的な相場の変動に冷静でいられる」、「みかけの大きさや華やかさ、知名度などよりも中身を重視する」、「日本円にこだわらず、為替リスクに耐えられる」という人は、スイスのプライベートバンクでの運用に適性がある方であると言えるでしょう。

 

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